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Windowsの歴史

昔、パソコンという言葉はありませんでした。
いわゆる、コンピュータという言葉でしか語られない時代、コンピュータは大型で、企業の使うものでした。
8ビットの情報処理速度が主流である時代に、インテルが16ビットを可能とするCPUを開発します。
余談ですが、初めて月へいったアポロ搭載コンピュータは8ビット、任天堂のファミコンも8ビット♪
スーパーファミコンで16ビットになります♪
ご存知ないかたも多いのですが、当時も今も、CPUにはアプリケーションは直接命令を出せません。
これは、意味が分かるでしょうか?
今、普通にワードをたちあげたとします。このワードは、直接パソコンのCPUに命令を出して、動かしているわけではないんです。
常にWindowsのAPIという機能を通じてCPUに命令を出しています。

つまり、こういうことです。

Windowsという会社があり、屋上の一番奥の部屋に社長という名前のCPUがいます。
この社長に、企画書を出すには直接は出せない。必ず、その直前の秘書室を通じて、しかも秘書の手を通してしか、届けられないのです。
この秘書室をAPIって言うんです。
だから、OS(基本ソフト)しか、CPUに命令を出せないから動かせないんですね。

なんで、こんな難しい話をするかというと、当時、新製品のコンピュータを作る際には、その外観やケースもさることながら
CPUと、そのCPUに直接命令を下せるOSは、その発売元が同時に開発するのが普通だったんです。
ところが、世の中に「マイコン」という言葉が出だし、キット発売されるものが登場しだすと、IBMはあせりました。
至急、IBM製の16ビットコンピュータを、しかも個人も使えるものを発売しなければならない事態に迫られていたんですね。
そこでIBMは、開発を急ぐために、このCPUをインテル社に、OSをマイクロソフトに依頼します。

これが、「軒を貸して、母屋を取られる話の始まりです」

当時マイクロソフトは予算の少ない中で、OSを開発しなければならなかったわけですが、作った経験もなかった。
そこで、当時「86DOS」と言われていたOSの開発者ごと購入してしまいます。
そしてそれを改良し、頭に自社名のMSをつけて、MS-DOSとしてIBMに納品するんです。
このとき、更に、IBMから出荷される台数に応じて、MS-DOSのライセンス料を支払う、とIBMは契約します。
このとき完全に買い取っていれば、きっと今のマイクロソフト社は無かったと思います。
しかし、買い取らなかったIBMのミスでもあり、マイクロソフトの作戦勝ちなのです。
その後、このコンピュータは16ビットパソコンとして売れに売れます。
そしてパーソナルコンピュータという概念や、言葉も、このあたりから生まれます。
このMS-DOSは改良を重ね、やがてWindows1.0というOSとして誕生します。
当時は、Windowsを二つは開けられないものです、2.0になって初めて複数Windowsが開くようになります。
こののち、3.0、3.1と改良を加え、1995年発売のWindows95になります。
このあたりが、パソコンの爆発期になります。
このとき、処理速度は、32ビットで、XPも期舗は32ビット、VISTAも32ビットですから、基本処理速度は変わらないことになります。
ただ、XP後半から64ビット対応版も発売されていますが、ハードウェアが32ビット主流であるために
まだ今は32ビット主流といっても良いでしょうね。

さて、この続きは…また別のお話♪(どこかで聞いたような終わり方です)